2009.12.14

もういくつ寝ると・・

みなさんこんにちは。
今日もよいお天気ですね。
「週間マンガ日本史」のブログパーツ「足利尊氏」を見た娘が
「こうやって見ると尊氏も、イケメンだけど、ワルそうな顔だねェ!」
子供の目にも明らかな悪人面尊氏!!そしてイケメン!


12月はイベントが多いので・・・と書こうと思ったのですが、9月も10月も多かったので止めた(って、書いてるけど)。
で、先週土曜日、かなり久しぶりに百物語の集まりへ行きました。
今回はお友達に誘われて、初めて伺う会に参加させて頂きました。
主催者様、参加者の皆様ありがとうございました。
今回昼過ぎから夜までの開催で、明るい時間から始まったのですが、こういう時間からして頂けるのも余裕があってよいですね。
残念だったのは、100話にかなり足りなかったことなのかな?まぁこれは、カウントの仕方もありますし、
私個人的には思う事もありましたが、それぞれの考え方とか楽しみ方があるかと思いますので、貴重なお話も聞けてよかった。ということでいいのではないでしょうか?


日曜日は、小学校のお餅つきがあったので、お手伝いに行きました。
こちらも、反省点等ありますが、なかなかの盛況でよかったです。
また最近はなるべく着物を着るように、と思っていますので、この日は着慣れた緑の格子模様のウールに朱色の半幅をやの字にして、
もちろん割烹着で参加です。
一応ね。餅つきのかっこうってことで、ウケました。よかったです。


ところで、娘の正月用の着物を、(今年も)まったく作り始めておりません。
娘には、「私だって、大きくなっちゃうんだよ」と言われてしまった・・・・。う~む・・・いくらなんでもそろそろ腹を括って始めるか・・・・。娘も言葉どおり大きくなりつつあるんで、もう大人サイズで裁断して、内上げを思い切り取っちゃおうかな~。その方が採寸とか楽そう・・・。やり直し効くし。
でも、着物どころか、クリスマスのプレゼントも年賀状も準備できてないんですよね~。
クリスマスプレゼント、娘のはもちろん、クリスマス会用のも準備しなきゃいけないんだよね~。
ああっ時間だけがどんどん過ぎていく・・・。
クリスマス、全国的に廃止にならないかな~。


★★★今日読んでいる本★★★
「足利尊氏と直義―京の夢、鎌倉の夢」峰岸純夫/吉川弘文館

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2009.01.07

それはきのせい

みんさんこんにちは。
今日もよいお天気ですね。
そろそろ私の周りにもインフルエンザの影が・・・・・。
そして毎日「今日はマスクして出勤しよう」と思いながら、毎日忘れる・・・・。


昨日は、夫は夜勤で娘もスノーキャンプへ行っているので、一人でのんびり好きな事やって過ごせる!
とすごく楽しみにしていたのですが、やりたい事って意外とできないですね。つか、やっぱ時間足りなすぎです。
それはまぁ仕方ないですけれど。
家に帰ったらお隣さんから電話があり、
「お出かけだったんですか?」と言われたので、
ユーガな専業主婦とは違うんだよ!と、ちょっとムッとしながら「もう仕事が始まっていますから」と答えましたら、
「これから伺ってもいいですか?」と言うので、
何事!!?なんか隣に迷惑掛けた!?とドキドキしつつしばし待ちましたら、なんとだんなさんと二人で来ている!
ますます、何しちゃったんだろーーーー!!!
と焦りまくってドアを開けたら、
新年の挨拶でした。
んで、ちょっと落ち着いて考えたら、うちは2日にお隣さんへ挨拶に行ったのですけれど、午後は実家へ行ってそのまま夜はカラオケへ。
3日は娘のキャンプの買い物。4日は映画と温泉センター。5日は夫と飲み歩き。
で、ほとんど家にいなかったんだよ!
「お出かけ」ってのはそーゆー意味かーーーー!!旅行にでも行ってると思われていたんだーーーー!
めちゃくちゃ恥ずかしかったです。


「徒然草」を読んでいましたら、
91段「赤舌日といふ事」という話で、これは六曜の赤口のことなのですけれど、「昔はそんな事を気にする人はいなかったのに、最近はそんなバカバカしい事を言う人がいて」みたいな事が書いてありました。
そうか、六曜ってこの頃流行ってたんだ。
何かの本で、江戸時代にいろんな占いに対する禁令が何度か出たのだけれど、六曜はマイナーだったので禁令が出なくて競争者がいない時に広まった。みたいな話を読んだ事があるのですが、そういう流行り廃りはあったのですね。
「徒然草」の話を読んで、やっぱ鎌倉時代などでも怪しい話に「そんなの迷信だよ」って人はけっこういたんだろうな~と思って、思い出したのですけれど、
江戸時代天保の頃の人、鈴木桃野が書いた「反古のうらがき」という随筆があって、今で言うところの「実話怪談」なのですが、その中のひとつ。
再婚同士で結婚した夫婦の奥さんが、「離縁してほしい」と言い出して、
わけを尋ねると、亡くなった前夫が座敷にいると言って怖がるので、結局別れた。
その女性は、別の人とまた再婚をしたのだけれど結局自殺してしまった。
という話があり
桃野のコメントが「心を病んでたんだね」


あっさり。
「反古のうらがき」にはもちろんフツーに恐い話も書かれているのですが、鈴木桃野は闇雲にそういった話を信じる人ではなかったらしく、怪音の正体を見極めようとしたり化け物屋敷の噂を聞いて調べに行ったり、火の玉を見たと聞けば「それは西洋のエレキテルと同じ原理ではないか?」と考えてみたり。「十のうち八、九は嘘である」というところは井上円了先生に通じるものがあります。
だからと言ってまったく怪異を信じていないわけではなく、やたらと怖がりはしないけれど「怪を罵る者はかならずその祟りに遭う」と言ったりするスタンスの取り方にも好感が持てます。
この人の父親は書物奉行という、今で言えば国会図書館職員のような仕事をしていたそうで、その上ものすごい読書家で、幕府の書庫にあった本をすべて書き写してしまい左遷されたという逸話を持っています。
役人としてはうだつの上がらないオヤジだったようですが、現在残っている古典籍にはこの時写された物もあるそうですので、私達からすればいい仕事してくれた。って感じですよね。
またこの父親は民間伝承などが好きで、幼い桃野は父親に与えられた怪談本を繰り返し読んでいたようです。が、そればかり読んでいて、どうすれば他の本を読むようになるのか、両親を悩ませもしたそうです。
「反古のうらがき」には、私好みの
怖いんだか怖くないんだかわからないけど、気になる話
がけっこうあっておもしろいので、そういうのが好きな方は、機会があったらぜひ読んでみて下さい。


★★★今日読んでいる本★★★
「異形にされた人たち」塩見鮮一郎/河出文庫
本屋で、高校生くらいの女子が「理科年表」みたいな題のエッセイっぽいちくま文庫を持って歩いていて、
「あっおもしろそう」と思いちくま文庫の棚へ行ったのですけれど、それは見つけられず、これが目についたので買ってしまいました。
ちくま文庫の隣が河出文庫の棚だったんだよ。

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2008.09.18

秋の怪談

みなさんこんにちは。
今日はなんとなく雨です。
娘のお弁当に箸を入れるのを忘れました。なんか平気で手づかみで食べていそうで恐いです。


「太平百物語」という本に出てくるお話。
京都の仏具屋が丁稚を遣いに出したところ、帰り道で肩に何かが乗ったような気がして、帰ってきた裏口で突然笑い出した。
主人がどうしたのか尋ねると、丁稚は
「自分は因幡薬師に住む狐だが、昨日寝ているところを驚かす者があって、恨みに思っていたらこの丁稚が通りかかったので、こいつかと思い取り憑いた。ところがこれが間違いだと気付いたので、それがおかしくて笑っているのだ」
と言った。


江戸時代、元禄文化華やかなりし頃の日本橋辺りでのお話。
気持ちのよい天気で、大勢の人たちが大路を行き交っていた。
そんな中に、ちょいと粋な女がしゃなりしゃなりと歩いてきた。するとその女、
芝居絵が掛かっている小屋の前まで来ると、首がするすると伸びた。
周りの人は呆れて、騒ぐ者もいたが、女は気がつかない様子で、おもしろそうに絵を眺めており、
しばらくするとまたその首がするすると元に戻り、何事もなかったかのように、そのまま行ってしまった。
このお話は、子供の頃母に聞いたのですけれど、その後本でも読んだ記憶があります。


これも母から聞いた話。
ある屋敷に化け物が出るという噂があり、夜にもなるとその近くにさえ誰も近寄ろうとしなかった。
ある浪人が、住む所もなく、そんな家があるのなら、自分がそこで暮らしてみようとやってきた。
昼はなんということもなく過ごし、日が暮れ、
廊下に何やら気配がすると思う間に、すらりとした女が入ってきた。
女は趣味のよい着物をすっきりと着こなし、髪もきれいに結い上げていたが、どうしたことかその顔には目も鼻も口もない。
さてはこれが噂の化け物か。と見ていると、
女は部屋の掃除を始め、それが済むと男の食事なども作り、甲斐甲斐しくしていたが、一通りの事をすると布団を出して横になって眠ってしまった。
夜明け近くになると、女は起き上がり、鏡の前で髪などをきれいに整えて、そのままふいと出て行った。
次の夜もその次の夜も、女はやってきて、部屋の掃除をし食事を作り、横になって髪を直して帰って行く。
そうして何日かが過ぎ、男はこの女に感謝する気持ちを持つようになった。
いつものように仕事を終えた女が布団に横になる。その顔を見ていると、目も鼻も口もなく、起きているのか寝ているのかもわからない。男は自分に絵心がある事を思い出し、持ち歩いている矢立を取り出した。
夜明け近くになり、いつものように起き上がり、鏡の前に座り、それをのぞき込んだ女は、
「きゃーーーーっ!化け物ーーーーー!!」
叫ぶなりその姿は消え、それきり二度と現れなかった。


さて、話は変わります。
ぬらりひょんという妖怪がいます。
鳥山石燕の「画図百鬼夜行」にはその姿が描かれていますが、説明が付いていません。
千葉幹夫氏の「全国妖怪辞典」には、備讃瀬戸の海坊主としてぬらりひょんを紹介していますが、石燕の「ぬらりひょん」(「画図百鬼夜行」には「ぬうりひょん」と表記)とは関係なさそうです。
おそらく、みなさんがご存知のぬらりひょんは、最近の映画でもお馴染みの「妖怪の総大将」と言われている、石燕が描いた妖怪ではないでしょうか?
ではなぜ石燕は自分の絵にそう説明しなかったのでしょう?
実は、ぬらりひょんが「妖怪の総大将」だと言う話は、大正から昭和にかけて活躍した、藤沢衛彦という学者が最初に紹介したと言われています。
そして、それを水木しげるが採用し、水木しげるの作品がヒットすることによって、この話が一般的になったようです。
藤沢衛彦は、民族学においてかなりの数の著作を持ち、その世界ではそこそこ有名な学者なのですが、恐ろしいことに、その研究のほとんどを
思いつき
で書いているらしいのです。
ちなみに私は、この人の「図説日本民俗学全集」全8巻を持っているのですが、この全集は現在、研究書として
ほとんど役に立たない。
と言われています。
            かっこいいな~。藤沢先生。
            つか、ガッデム。ですね。


妖怪の大将っつったら、山ン本五郎左衛門だよね~。


★★★今日読んでいる本★★★
「足利ノ尊氏」中村直勝/東京堂出版「論集足利尊氏」より

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2008.07.26

こんな怪談

みなさんこんにちは。
今日もよいお天気ですね。
なんか日本がとんでもない暑さになっていますね。
ゆうべなんか、やっと夕立が来るかと思って、娘と二人ワクワクしながら待っていたのですが、結局何も起こりませんでした。
こんなにがっかりしたのも、かなり久しぶりです。


涼しくなるような話を。というリクエストを頂いたので、ちょっと書いてみようと思います。
しかし、私と会った事のある人はすでに聞いている可能性が高いどころか、すでにブログに書いているかも。
まぁでも、過去の物を検索するのもメンドーなので、書いておきます。


それにしても最近、怪談収集もまったくしなくなってしまって、
一番最近の話が去年のYさんの亡くなられたお父様の話ってくらいなのですが、
これがとても私的にツボにはまるお話で、
なんつーの?今市子の「百鬼夜行抄」に、家の中に亡くなったおじいさんの気配が残っているというエピソードがあるのですけれど、正にあんな感じで・・・このマンガをご存知ない方には申し訳ないのですが、単に幽霊が出てきてどーとゆー以上の趣のある話なのですよ。
そーゆー「気」の強い人の気配とゆーのは、死んだ後もいくらかの期間残り続ける物なのかな~と、
またそのYさんのお父様という方が、本当にものすごい意志の力を感じさせるというか、生前のご様子を伺っても、なるほどな~と納得させられる物のある方でしたので。
とかなんとか言いつつ、このお話も、ここで詳しく書いてしまうのは、ちょっと差し障りがあるので書けないのですが・・・・って、なんだよなぁ。すみません。


では、差し障りのないお話を始めます。
と言っても、私の心霊体験のような物・・・と言えば、「ネットでは書けない話」と金縛りくらいな物ですので、
娘の話を書かせて頂きます。
一応お断りしておきますが、私は、
「子供には大人には見えない物が見えているのね~」などとは考えていません。
子供に大人には見えない物が見えているというのなら、それは、単に、子供の中にその物に対する知識がないために、不思議に映っているに過ぎないと考えています。
そう考えている上で、それでも
ちょっと怖いよお前!と思った出来事を書きます。


娘が、3歳か・・・・4裁か5歳の時ですが、富士宮にある別荘へ遊びに行きました。
まぁここは、ちょっとばかりそういう勘のある方がいらっしゃると、庭に何かいるとかなんとか言われてしまう所なのですが、別に私たち家族は、どーということもなく使っております。
んで、この時、私たち家族と私の母で、ここに泊まりました。
私たちは2階の部屋。母は1階に寝ていました。
電気を消して、少しして、娘が私に話しかけてきました。
「ねぇ。おばーちゃんはどこにいるの?」
「えっ?下の部屋で寝てるよ」
「ふ~ん」
まだ、私も娘も眠りに付くには早い時間です。
「じゃぁさぁ、そこにいる女の人はだれ?」
と何もない床を見ながら言うのです。
って、誰だよ!!
「ちょっと~。怖い事言わないでよ!」とつい、焦った声を出してしまったのですが、
娘は「○○ちゃんも、ちょっと怖くなっちゃったよ」と、困ったような顔で笑っておりました。


まぁ子供は、少ない語彙で、なんとなくドキッとするような事を言うものなのです。
例えば、以前住んでいたマンションで、風の強い夜で、
一緒に窓の外を見ながら、
「今日は風がうるさいね~」と話しかけると
「違うよ。あれは赤ちゃんがブランコをこいでるんだよ」
とか。
そのマンションも、私は今の所へ引っ越すまで知らなかったのですが、友人が以前、武者だかなんかの幽霊を見たとゆー路地の近くに建っている所なのでした。まぁそこも墓地の路地だしね。つか、あの辺寺だらけだったよね。


もうひとつ、娘がもう少し小さい時・・3歳になる少し前です。
私はやはり、幽霊とかゆーものを「絶対にいる!」とは思っていないのですが、それでも、ちょっと
「やっぱり何か、そんなような物はあるのか知らん?」と思うようになった経験でした。
夏なのですが、バーゲンで、タイだかベトナムだかの古民具の魚籃を使って作られたランプシェードを、夫が大変気に入って買ってきました。これがけっこう大きな物で、大人の背丈くらいあるのですが、
私たちはキッチンの角に置いて使うことにしました。
ところがですね、娘がこれを見てかなり激しく泣くのです。
「どうしたの?」と聞くと
「おばけがいる!」
あまりにひどく泣くので別の部屋に連れて行けば、ケロリとしています。
私は、見慣れない物があって子供は落ち着かないのだろう。と思い、特別気にもしませんでした。それくらいで不安になるくらい、娘もまだ小さかったのです。
2~3日もそんな感じで、娘は泣きました。
ところがある日、外から帰ってきて、玄関を抜けて、台所に通じる短い廊下を歩いていると、そこで娘が泣き出したのです。「お化けがいる!」
でも私はまだどーとも思っていませんでした。
次の日、今度は玄関を上がって廊下に入る所で娘が泣き出しました。
「お化けがいる!お化けがいる!」そこからランプシェードは見えません。そして、あんなに怖がっていたキッチンに入ると、ケロッとしているのです。
段々・・・玄関へ近づいている?とふと思って、ちょっとイヤな気がしましたが、まぁそれだけです。
そんな感じの日が2日ほど続いたでしょうか。
娘と一緒に外から帰ってきました。
と、ドアを開けた途端、娘が
「ギャーーーーーッ」と泣き出したのです。
これにはさすがにびびりました。
娘は開いたドアの中を見つめながら、「入りたくないーーーっ!」と泣き叫んでいるのです。
もちろん私にはいつもの玄関しか見えません。
娘の腕を引っ張って、無理矢理中に入ろうとしても、娘は足を踏ん張って「いやー!いやー!」と泣いています。
仕方なく抱き上げて、目をつぶって玄関に走り込みました。さすがに私も怖かったのです。


ドキドキしてキッチンに走り込んだ時には、娘はもう泣いていませんでした。


次の日、いつものように娘と一緒に帰宅して、玄関のドアを開けましたが、もう娘は怖がりません。
夕飯を作りながら、試しに、
「お化けはどこにいるの?」と聞いてみると、しばらくキョトンとして、考えるような顔をしてから
「お外にいるよ。おうちに帰っちゃったよ」と答えたのでした。


そのランプシェードは、今でも私たちの寝室にあるのです。


★★★今日読んでいる本★★★
なし

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2008.07.24

一応、怪談なんです

みなさんこんにちは。
今日もよいお天気ですね。
それにしても、暑い。ついでに眠い・・・・。
今日は娘の誕生日で、私は仕事を休んで、娘と一緒に水族館へ行ってきました。
しかし、午後、娘が学校のフラワーアレンジメント教室を申し込んでいたので、お昼を食べて帰宅。
今自宅の部屋にて、一人これを書いているわけです。


夏だし、私が好きな怪談を紹介しようと思います。
私が読んだのは、井上円了の「妖怪百談」に「天狗の奇話」と題して載っていた物ですが、円了先生も気に入っていたのか、この本の第一話に挙げ、更に「迷信と宗教」にも再掲しています。
元は江戸時代に書かれた「雲楽見聞書記」に、実際にあった話として載っているものだそうです。


寛保の末、茅場町にあった商人の家に3人の子供があったが、2人までは亡くなってしまい、残った一人息子が利発でもあったので、両親はとても大切にかわいがって育てていたそうです。
なんでも上手にこなす息子でしたが、特に囲碁が好きで、あまりにこれに一所懸命になりすぎて、とうとう病気になってしまいました。
両親が手を尽くして、やっとよい医者を見つけて、なんとか元気も取り戻してきたので、
とりあえず碁を打つのはもう止めて、趣味を換え、友だちに誘われるままに湯治へ行く事になりました。
温泉で毎日楽しく過ごしていたある時、友だちが
「この近くに地獄という場所があるそうなので、見に行こう」と言い出したのですが、この息子は「行きたくない」と断り、友だちだけで見物に出かけました。
友だちがその地獄の話で盛り上がっていたのを、2~3日後にふと思い出した息子は、名所を見ずにいるのも残念だと思い、誰にも言わずに、どうせ近所のことだろうと適当に向かったところ、道に迷ってしまいました。
道を聞くにも会う人もなく、このまま帰るのもどうかと思い、更に行きましたが、陽は暮れてくるしお腹は空いてくるし、ここはどこだろうと、丘に登って見ると、遠くに数軒の家が見えるので、とりあえず行ってみようと歩いていくと、幸いにも程なく辿り着きました。
ところが、見回してみても商店のような家もなく、どうしようかと突っ立っていると、ある家の前に人が集まって碁を打っている。
話のきっかけにタバコの火を借りて見ていると、色々話しかけられ、「一ばん打ってみないか」と言われ、最初は遠慮していたのを「ぜひに」と言うので数回打つと、悉く勝ってしまいました。
「もうこれから湯本に帰るのは大変でしょうから、泊まっていきなさい」と言われ、軽い食事なども勧められて
「とても私たちでは勝ち目がないから、先生を呼んできましょう」と言われ、
この村の外れで医者をしている、碁の先生と呼ばれる人が連れてこられました。
ところが、息子はこの先生にも悉く勝ってしまいます。
その場にいた人たちは、みな呆然としながらも、夜も遅くなったので泊まっていきなさい、と言うので、その日はそこに泊まり、翌朝宿へ帰りました。
宿へ帰ると大騒ぎで、どこへ行ってしまったのかとみんなで心配して探していたと、息子を叱るやら喜ぶやら、泣くやら笑うやら、とにかくよかったということで、とりあえず笑い話で済んで、江戸へ帰ってもこのことは両親には秘密という事になりました。
その翌年、一緒に湯治へいった友人から、「また去年の温泉へ行ってみないか」と言われ、「ぜひ」ということになって、出かけました。
何日かを宿で過ごし、碁を打ったことを思い出し、また行ってみるかと、今度は弁当も用意して、道に迷わぬように印なども付けてあの村を目指しました。
再び歩いてみると、見覚えのある道もあって、去年と同じ丘に出て、目的の場所へ辿り着きました。
あの家はどこだったろうと歩き回ると、これだと思う家に着きましたが、見ると、中庭のようになっている土間に土を盛って、東屋など建てて、その中に碁盤を置いて碁器をならべ、東屋の軒に注連縄なども張って賽銭箱が置いてある。
タバコの火を借りるのを口実に訪ねると、そこにいた老人が言うのには、
「この近くに碁打ちの人がありました。名人と呼ばれ、敵う者もなく、増長し憎まれてもいましたが、弟子になる人もいて、益々得意になっていました。
ところが、
去年の今頃、あなたのようにどこからか忽然と現れた人があり、この名人と碁を打ったところ、名人が十番まで負けてしまいました。
その時、みんなが言うのには、「これは名人があまりに高慢なので、彼の高慢の鼻を折るために、天狗が人に化けてやってきたのだろう」ということです。
それより後は、この勝負は絶対に負けられない。という人たちが、この碁盤に向かって祈ると負ける事がありません。それもそのはず、これは天狗様が触れた碁盤なのですから」
そんなわけで、息子は、その天狗は自分だと言う事もできず、帰ってきたのでした


とゆー話、
途中色々怪談的要素がありつつ、
「オチはそれかい!!」
ってのが、大変私の趣味に合っているのです。
円了先生は、これを「誤怪」に分類していますが、まぁ本当に、こんな風に生まれた怪談もけっこうな数あるのではないでしょうか。


さて、娘がフラワーアレンジメント教室で、花束をもらってきました。
って、片付けの手伝いをしたらくれたそうです。
んで、この両親は、娘の希望でWiiのソフトを買い与えたのですが、ラッピングを家でする予定が、あるつもりでいたラッピングの紙がなくて、しかたなく、亀屋萬年堂の包装紙でラッピングして、姑息にリボンなど掛けてごまかしておりました。
まぁ娘にしたら、中身が大事で、ラッピングなんてソッコーゴミ箱行きでしたけどね~。


★★★今日読んでいる本★★★
何か読んでいたような気もするのですが、
今酔っぱらいで、思い出せません。
あっケーキをまだ食べてないや。

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2008.06.27

夏なので

みなさんこんにちは。
今日もよいお天気ですね。週末は荒れるという予報です。
ところで、今、夫がダイエットにはまっています。


会ったことのある方はご存知のように、私の夫は、控えめに言って・・・太っております。いや、はっきり言って太っているのですが・・・。
んで、健康診断のたびに、「あと○kg減らしなさい」とか、医者に言われたりもしていたのですが、一向にその気にならず、元々私もやせぎすな人が好きなので、「スリムになったら惚れ直しちゃうな~」とか、言っていたのですが、愛の力及ばず。
だったのですが、今年に入って色々あって、思うところがあったらしく、突然ダイエットに目覚めてしまったのでした。
で、この1ヶ月間医者に言われた食事制限を行った結果、なんと!ひと月で!
7kgの減量ですよ!
7kgと言うと、皆さん「体に害はないのか?」と心配して下さるのですが、もうね、全然、
食事ははっきり言って、フツーに摂っているのです。フツーに3食食べるし、私より少し多目に食べるし酒も飲むし。
今まで日々いったいどれだけ余分な物を食っていたのだか・・・・。
しかも、食事制限による急激な減量は、リバウンドの危険性も高いとゆーことで、スポーツジムにも通い始めました。
けっこうなことでございます。
しかしだな。
ウルセー。
はまるなら一人ではまって下さい。
おかーさんは疲れてるのよ!
いや・・・・昨日、wiifitを、久々にやったとゆーか・・・やらされたとゆーか・・・・。
仕事から帰って、夕食が終わって、やっとかなくちゃいけない家事を終わらせて、やれやれ本でも読もうかな~どっこいしょ。
と思っていたら、夫と娘とで、「wiiやるんでしょ!?」
って、「え・・・・・?」って感じですよ。
(あっ一応書いておきますが、夕飯は夫が作ってくれました)
あうう~・・・・・そりゃね、私は筋力がありませんよ。鍛えなきゃいけないと思っていますよ。
でも、休息も必要だと思いませんか?ねえ?


話はまるっきり変わりますが、
私の本棚に、飯田豊太郎という方が書いた「怪談千一夜」という本があります。
この本は、私の祖父が持っていた物で、昔の人がよくしていた例に漏れず、傍線・傍点、注意書などの書き込みがけっこうあり、私の物心が付いた頃には既に惚け始めていた祖父の、意外な趣味の一端を見るような、謂わば形見で、
私は、祖父が亡くなった直後になる中学生の時に読んで、そのおもしろさにいたく感動したのであります。
その後学生時代に祖母が亡くなり、私が譲り受けたのですが、成人して改めて読み直してみて
「あまりおもしろくないな~」と、がっかりしたのですが、とりあえず手放すことなく今に至るのです。
んで、先日ある事情から、「江戸時代の怪談」という本を書かれた方にメールを送る機会がありまして、その方から
夏にオフ会をするつもりでいるから、参加して下さい。
という嬉しいお話を頂き、ふとこの本の事を思い出し、せっかくだから私も何かネタを提供できればと、引っ張り出してきたのでした。
と言うのも、この本には中世から江戸時代にかけての怪談が綴られているからなのです。
そういうわけで、先ほどからパラパラとページを繰っているのですが、私はある事に気付いて、今愕然としております。
つーのもこれ、それぞれの話に
出典が載ってないじゃん!
ぐはーーーーーっ
まさか!?創作!?
しかし、前書きとか、妙に具体的な記述とかを見ると、やっぱり元になる話があるような感じでもあるのですよね。
う~む・・・・。
それこそ詳しい人が読めば、その元になる話がわかるのか知らん?
う~む・・・・けっこういい加減なんすね。とほ~。


話は怪談から少し続きます。
もしかして以前にも書いたかもしれないのですが、
どこで読んだのか思い出せずに、折りに触れ気になっている怪談があります。
10ページ足らずの短い話だったと思うのですが、時代は確か明治で(もしかしたら江戸の末期かも)、その著者の体験談か、近い人から聞いた話とゆー感じなのです。場所はやっぱり東京か、大きな都市だと思うのですが、何か災害のようなものが起きて、人によっては家を捨てて地方へ行かなければならないとゆー状況があり、
その主人公の家に、見知らぬ女性が、「大切な物だから」と言って、刀を預けて行くのですね。
その後、何か、不思議だと思えば不思議かも・・・とゆーよーな事が起きて・・・。とゆー・・・
出来事としてはどーとゆー事のないお話なのですが、まぁ私の好きな雰囲気だとゆー事で。
なんですか、その本を読んだ時の、本の版型とか、右側のページにこーゆー事が書いてあった。とゆーよーな事は覚えているのですが、肝心の作者だとか、どんな事件が起きたのかだとか、結局その刀はどーなったのかとか(あっ今ふと、結局長い事誰も受け取りに来なくて、預かった家がその後火事になるかして刀もなくなってしまった。とゆー終わりだった気がする)、全然覚えていないのですよね~。
しばらく、岡本綺堂の作だと思い込んでいたのですが、読んだことのある綺堂の本を読み直しても、出てこなかったのですよ。
いや、もしかしたら、怪談ですらなかったのかも・・・・。つか本当に本で読んだのか?
夢!?
いや、たぶん本で読んだとゆーのは間違いないと思いますので、
お心当たりのある方は、ぜひご一報を。


★★★今日読んでいる本★★★
「日本の歴史 9 南北朝の動乱」佐藤進一/中公文庫

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2007.09.19

東京シティサイクリングのこととか

みなさんこんにちは。
今日もよいお天気ですね。
ハッピーマンデーを含む連休はなんだかバタバタ忙しかった気がします。
そして昨日は、娘っこが頭が痛いとか言って、お休みです。
時々頭痛を訴えることはあるのですが、しばらくすると治るので、午後から学校へも行かせようと思っていたのですが、10時を過ぎてもまだ痛がって、結局1日休んでしまいました。
午後になってもまだ痛いとゆーので、一応病院へ行ったのですが、いつも行く小児科が臨時休業。で、仕方なく私が行っている内科へ連れて行ったのですが、診察はともかく、院内の薬局に子供向けの薬が用意していないとゆーので、いつもの薬局へもらいに行ったら、ストックがないと言われました。
近所のいくつかの薬局へも問い合わせてくれたのですが、結局その薬は取り寄せに・・・。
別にもらえなくても困らないのだけれど、こーゆーことってあるんだな~。


日曜日には、東京シティサイクリングに参加してきました。
久し振りの中距離サイクリングで、けっこうきつかったです。あの天気だし・・・。
きつかったのは、私だけじゃなかったようで、実は、このイベント、参加するたびに私たちって、受付終了時間ギリギリに寂しくゴールなんですけれど、今回全然寂しくありませんでした。
つか、私たちは例年どおり、ギリギリ間に合ってゴールしたのですが、お仲間もいっぱいいたし、ゴール会場で休んで、帰る道ですれ違った人もけっこういました。
コースが例年と変更になっていたのですが、そのコースのせいなのか、これも毎年・・私たちって、後の方のスタートなのですが、今年はちょっと前のグループでスタートしたせいなのか、赤信号で何度もダンゴになってしまって、なんだか勝手が違うな~と思いました。
とにかくね、お天気もあんなにすさまじく暑くなるとはって感じで・・・めちゃくちゃ水分補給もしたのですが、途中熱中症みたいに落車しちゃった人もいて、大変でございましたよ。
それにしても、私の自転車も、大勢で走る時には重くて辛いです。私は和田くんに付き合って始めたみたいなもので、今ではそんなにやる気もないのですが、こーゆー時は、もっと軽い自転車が欲しいな~と思ってしまいますね。つか、小径車から始めたくせに、和田くんもいつの間にか軽い自転車になっちゃってるし・・・。
そんなに何台も自転車があっても困る私は、困ります。


サイクリングとは関係ないのですが、
このサイクリングの途中で、娘っこが信号待ちの時に
「なんでここは、こんなにいろんな話し声が聞こえるの?」と聞いてきました。
って、別に特に気になる話し声は聞こえませんよ。他の所と同じ町の喧噪があるだけです。
ベタですが、その信号は、青山墓地のあの真ん中を突っ切ってる道沿いでありました。
う~む・・・・もうそーゆー事は言わなくなったかと思っていたのだけれど。
普段オバケとかけっこう怖がってるくせに、こーゆー事言う時って、先入観も知識もないから、全然怖そうじゃないのが子供っておかしいです。
ただただ、不思議なんだね。なんで聞こえるんだろうね?
おかーさんも不思議だよ。


★★★今日読んでいる本★★★
「百物語怪談会」ちくま文庫

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2007.09.11

印象の幽霊

みなさんこんにちは。
今日はまた雨です。蒸し暑いです。まだ眠いです。


私は、怪談が好きですが、私の怪談好きは、幽霊など存在しないだろう。超常現象などはまずないだろう。とゆー所から始まっていますので、「好き」とは言っても、
存在するはずのない物が、なぜ見えてしまうのだろう?
とゆー疑問を解く事に一番の興味があるのです。
人のお話を聞いて、確かにどう考えても不思議なお話も多々あるのですが、その場ではものすごく不思議だ。怖い。と思うようなお話でも、よくよく考えると「あれ?」と思うような事が浮かんできたりもします。
最初に誤解のないように書いておきますが、
これは、その話を怪奇現象だと信じる事が愚かだとか・・そーゆー事ではありません。
私も、不思議な事は確かに好きなので、その状況を大切にしたいと思う気持ちと、真実を知りたい突きとめたいという気持ちの両方があると、これは大いなるジレンマなのです。
実のところ、私が話す話にも、突き詰めて行けばどうとでも現実的な説明が付く事がいくらでもあるのですが、それを考えてしまうのはつまらないという事もあるので、敢えて考えないようにしている事もあります。


そういう事を踏まえた上で、やはり、なんでもないような事を、怪異だ不思議だ怖い。と騒ぐのは馬鹿らしいと思いますので、少し書かせていただきます。
私もきちんと研究をしているわけではないので、徒然に考えた他愛のない事なのですが、
なんでもないような事を不思議と感じてしまうには、ひとつに、無知があるかと思います。
何年か前に友人から聞いた話なのですが、自分から自分へ、出した覚えのないメールが来る。とゆー話。
怖くて内容を見ずに消してしまったとゆーのですが、ぜひ中を確認して欲しかったです。私の所にも時々来ます。そーゆーメール。
わかっている人には馬鹿らしい話ですが、差出人を宛先と同じにしてメールを送るのは、別に難しい事ではありません。でもそれを知らない人には、怪談なのですね。本気で怖がっていました。
もうひとつ、もっとバカバカしい話なのですが、
以前職場が入っていたビルで、先輩が時々
「変な音がする!」と言うのです。実は月に一度の窓清掃の音が、振動して聞こえてくるだけのことで、それを言えばその時は納得するのですが、どーゆーわけだかこの先輩は、次の月にはまた「変な音が聞こえる」と騒ぐのです。
変な音は不思議ではありませんでしたが、先輩の態度は不思議でした。
もうひとつ、伊豆へキャンプへ行った時に、私が体験した事ですが、
夜暗くなって、テントで休んでいると、山の方から「おーーーーい」「おーーーーい」という声が聞こえるのです。
そのキャンプ場は、この先にはもう人家はないという、山の登り口にあるのです。冬のことで、他のキャンプ客も少なく、寒い静かな中で、テントの外へ出て山を見れば、真っ黒な木々がザワザワと揺れている。その暗い山から誰かが、いつまでもいつまでも「おーーーーい」と呼んでいるのです。
    さて、これは、何がなぜ、誰を呼んでいる声だったのでしょう?


なんでもないような事を不思議と感じてしまう、もうひとつの理由に、先ほどとは逆に、「知っている」とゆーこともあるかと思えます。
つまり、それを知らない人の取る行動が奇妙に見えてしまうのです。
先日の百物語の会で、インドで火葬の写真を撮って呪われた人の話がありましたが(藤原新也はどーなるんだとゆー気もしますが、元気そうですね)、私はつい最近、タイでは「供養になるから撮ってくれ」と言われることがよくあるとゆー話を読んだばかりだったのです。まぁタイの方が一般的ではないのだとは思いますが。
または、知識を動員してお話を創ってしまうのです。
以前にも書いたのですが、私が好きな漫画家水記利古さんの作品の中に
「私たちはだまされやすい」というようなセリフが出てくるのですが、これは、知らず知らずのうちにある計画に荷担させられて、どうしてそうなってしまったのかわからないで戸惑っている、ミステリー作家のお兄さんに、漫画家の妹が言うセリフです。
どういう事かと言いますと、関係のないパーツを、勝手に組み合わせて物語を創ってしまう癖があるというのです。
これは、実は、怪談を語る場にいると、ほんとーーーによく目にするのです。
例えば以前、ある有名な心霊スポットについて、管轄のある知り合いの警察官に聞こうとした事があるのですが、
「ぜっったいに、幽霊なんて出ないから!」と否定されました。
そしてその事を友人に、「力強く否定していたよ」と伝えると、「そんなに強く否定するって事は、やっぱり何かあるんだろうね」と言われました。
が、実際のところ、何かがあるとはその警察官は言っていないし、私たちが自分で確認したわけでもないのです。
ただ私たちには、そこに「出る」という「噂」があるだけです。
警察官は、そういう野次馬達を相手にして、本気でうんざりしていたのかもしれません。仕事中に下らんこと聞くな惚けっ!と思っていたのかもしれません。
わかりませんけれど。
想像力は、物語を楽しむエッセンスにはなりますが、真実を知る手がかりは与えてくれないのです。


少しでも本当の事を知りたいと思う時は、こういう事を念頭に置いて、考えなければならないのです。
と言いますか、私自身の留意事項であります。


長々と書いたので、少し疲れてきました。
もういくつか、書きたいお話もあったのですが、それは後日、別の機会にご紹介できればするとゆーことで、今日はこれまでといたします。


★★★今日読んでいる本★★★
「百物語怪談会」ちくま文庫

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2007.09.10

お疲れ様でした

みなさんこんにちは。
今日は朝から雨です。


先週末の土曜日は、2年振りに行われた百物語の会へ行ってまいりました。
「超怖」関係の方が何人かいらしていて、日記で「加藤さんはちょっとね~」などと書いている私は、「ヤベッ」って感じでした。
おまけに、話そうと思っていたネタに出てくる人の関連会社の人とか、もしかしたら私の親戚と同じ現場で働いてる?と思う方がいたりで、
世間は狭いっつーか・・・。うかつな事は言えない感があり、まったく関係のない理由で緊張感のある会でした。
今回は、いわゆる「幽霊」のお話以外の「怖い話」「変な話」がけっこうあって、そういうお話も、大変興味深く聞かせていただきました。
もうひとつ、今回、今までとちょっと違うな~と思ったのが、語りたい方が大勢いて。少々びっくりしました。
こーゆー話ができる場とゆーのが、不足しているのでしょうか?
しかし、毎度毎度、こーゆー所へ行くと、もう少し勉強しておきたいと切実に思いますね。
他にも、久々に怪談関係の集まりに参加して、色々思うところがありましたが、個人的なことなので、取りあえず自分だけの胸にしまっておく。


この会で、話そうかどうしようか悩んで、結局話さなかったお話を、ここで書こうかと思っていたのですが、やっぱり今は止めておきます。なんか、私の興味だけで書くと、失礼な話になってしまうような気もするので。
幽霊が出なくなったら書いてもいいかな~。


百物語は夜を徹して行われるのですが、妹の家族が遊びに来るとゆーので、徹夜明けに眠ることができませんでした。
元々の予定では、夫がいてくれるはずだったのですが、お友達に誘われて、自衛隊基地へ遊びに行ってしまいました。私も遊んできているので、まぁ・・いいんですけど。今日はかなり眠いです。
妹たちが帰った後、ちょっとは横になったんですけどね。
娘が久々に「レジェンズ~蘇る竜王伝説~」を見たいとゆーので、一緒に見ておりました。
最終回、私としては不満の残る事もありますが、やっぱりよいですね~。ウルウルしてしまいました。
アンナちゃんは久し振りに見てもやっぱりかわいいし。
またきちんと見直したくなりました。


★★★今日読んでいる本★★★
「百物語怪談会」ちくま文庫

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2007.08.15

語るということ。書くということ。幽霊のこととか

みなさんこんにちは。
今日もよいお天気ですね。
私は、すでに夏バテ気味ですよ。
先週は、マジできつかったです。
そして、週末のBBQやら遊園地やらでとどめを刺された気がしますが、仕事があるので、ゾンビのように復活しました。すごいよな~。奉公人ってのは。
でも、めちゃくちゃ眠いです。あまりに眠くて気持ち悪いです。


地球温暖化と言われても、「ああ、なんかそんなような気もするね~」ってくらいにしか感じていなかったのですが(ナショナルジオグラフィックの写真とかは別にして、実感としてね)、ここ数日の暑さは、さすがに異常な気がします。
以前、ブログにも書きましたが、お台場の建物群が東京の風を止めているとゆー話を聞いたことがあるのですが、品川駅の新しいビル群も同じことを言われているそうですね。
何にせよ、海沿いに大きなビルをボコボコ建てるのは、よくないような気がします。
せっかく海が近くにあるのに、海から離れるような気もしますし。
はっ!それとも、
もしかしてあのビルたちは、東京を高波から守ろうとしているのか!?
って、いつ高波が来るのか知りませんが。


高波で思い出したのですが、
やっぱ夏なんで、怪談ネタなんぞも書きたいのですが、もうさっぱり、そっちの方のアンテナが錆び付いちゃって、何も引っかかってきません。
他の人が書いている事に対しても、「おっ。これは・・・」と思うことはあるのですが、コメントを書こうと思っているうちに、今更私が言うこともないか。って気になってしまい、何も書けません。
あ~もうほんとに、スレ切っちゃった気がします。くぅ~・・・。
そー言えば、知り合いの吉村さんが、お父様のお話でそれっぽい事を書いていらっしゃいました。
内田百閒の亡くなったお父さんが帰ってくる話を思い出しました。
やはり私は、怪談はこーゆーのがよいな~と思います。そして、変な言い方ではありますが、幽霊とゆーのは、本来こーゆーモノなのではないかと思いますし、こーゆー話に触れると、やはりそーゆー存在はあるのかも、と思えて来るのです。
久し振りに(怖いとゆー意味ではなく)ゾクゾクする話でしたが、もう雑誌にも掲載されてるようなので、9月に久々に怪談の集まりがあるのですが、そこでは話せないのだろうな~。改めて本人から直接聞くとゆーのも・・なんか、野次馬的な感覚では気が引けますしね。
最近は、こーゆー話を、「いい」と話せる人も周りに減ってしまい、淋しい限りでございます。


あっ話がかなり逸れております。
何を高波で思い出したのかと言いますと、田中貢太郎の「月光の下」はよかったな~とゆー事。
これは三陸沖地震の津波の話で(以前、明治の方と書いたのですが、改めて年表を見ると、昭和の方かも・・)、何も起きないと言ってもいいくらい淡々としているのですが、うちのじーちゃんが体験した話。と言っても通じそうな、リアリティと言いますか・・・質感があります。昭和三陸沖地震の後、タクシーのシートを濡らす幽霊の噂が流行ったとゆー話があるのですが、実際に起きた事件からネタを拾ってくることも多かった貢太郎ですし、こんな怪談も耳にしたのかも知れません。
実際に起きた事件からと言えば、岡本綺堂の「木曾の旅人」などは有名過ぎちゃって、いろんな所で使い回されていて、あと何十年かしたら、元は新聞に掲載された記事で、岡本綺堂が小説化した、なんて事は誰も知らなくなってしまうのかもしれません。
そー言えば、メディアファクトリー版の「新耳袋」の何夜目かに、何十年も昔に民話として採取されて、割と有名な研究書にも載っている話が、○○さんの体験談として紹介されていて、あらあらと思ったことがあるのですが、今日、置きっぱなしになっていた「エレンディラ」を持って家を出て、電車の中で後書きを読んでいましたら、40年くらい前の話で、当事者もまだ生きているのに、その事件が既に民話として語られている。とゆー話が紹介されていて、そういう事もあるのだなぁと思ったのでした。
ただし、当事者にとっては、単純な事件に過ぎない事が、語り継がれている話には、神話的な脚色がなされていて、その点を指摘すると、それは当事者の方が忘れてしまったのだろうと・・・経験の記憶の方が否定されてしまったとゆー、おもしろい事になっているのです。
さらについでの話を書きますが、
柳田国男の「山の人生」に紹介されている、子殺しの話は、一方的な無理心中でしかなかった事件に、柳田が、実際にはなかった子供の言葉などを入れたことによって、印象的な「物語」に仕上がっているとゆー話を読んだことがあります。


語り継がれるストーリーとゆーのは、珍しい事実ではなく、物語られるお話なのですね。


★★★今日読んでいる本★★★
「エレンディラ」G・ガルシア・マルケス/ちくま文庫
先日、20年くらい前にTVから落としたビデオを、すっごく久々に観ちゃいました。
編集が下手で字幕が読めなかった。

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