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2009.06.16

文化としての漢字の変遷(嘘だけど)

みなさんこんにちは。
今日もよいお天気だったり雷雨だったりしそうですね。
先日「サイボーグ009」のコンプリートコレクションの既刊分がもう売り切れってことを、コメントで書いたのですけれど、近所のコンビニに置いてあるのを見つけました。
しかも1巻だけが2冊もあった・・・・つか、1巻が売れなくて2巻は仕入れなかったのかも・・・。
某ネット書店で600円の物が2000円になっているのを見ていたので、転売用に買っておくか?とチラッと思ったのですが、めんどくさいので止めました。そのうちにB○○koffで350円とかで売ってそうだし。


DQNネーム話の続きですが・・・・
徒然草第116段に「寺院の号、(中略)ただ、ありのままに、やすく付けけるなり。この比は、深く案じ、才覚をあらはさんとしたるやうに聞ゆる、いとむつかし。人の名も、目慣れぬ文字を付かんとする、益なき事なり。何事も、珍しき事を求め、異説を好むは、浅才の人の必ずある事なりとぞ」
というのがあるのですけれど(「いとむつかし」ってゆーのは、「すげ~カッコわりー」ってこと)、この頃の変わった名前って、どーゆーのだったのだろう?と興味があります。
この徒然草を引き合いにして、今時の変な名前について、「こーゆー感覚は時代とともに変わるのだから、別にいんじゃね?」という意見もありますが、未来でフツーでも今笑われてるんだしな~。
まぁ百万歩譲って、パイオニアってことにしといてもいいけど。実体のない名前だけ残ってもな~。
私が特に嫌いなのは無理矢理な当て字で、某漫画家が息子に付けた「夢」と書いて「あゆむ」とか、読んでて本を破きたくなる程イラついたのですけれど、夫の本なので思いとどまりました。
しかし、名前は個人的な都合によって比較的お手軽に様々な物が生み出されますが、謎な名字はどのように生産されてきたのでしょうね?
私が小学生の時すでになぞなぞの本に出ていた「鳥遊」さんとか。
「長谷川」さんだって、フツー読まないしな~。でもこれは、長くて狭い谷川の近くにお住まいなんですね。って感じですけれど、最近ちょっとメジャーになってきたのか「四月一日」さんとか、衣替えとどーゆー深い関係のある家だったのか?想像が付きません。
不思議。
私の知り合いにも、その親戚数家族しか確認されていないという絶滅危惧種な名字の方が何人かいまして、中には、それって絶対ご先祖様がどこかで字を間違えただろう?というようなのもあります。
つか、「そーゆー字はないっ」という字が名字の方がいます。絶対書き間違えた人がいると思う。


そう言えば、白川先生が書いていたかと思うのですが、中国のなんとかいう妖怪だか幻獣の名前で、大昔のその本のそこにしか出てこない漢字があるというのですが、それってなんか「過去にはあった字」というよりは、「その場だけの造語」なのではないかと思うのですけれど・・・・。
もしくは書き間違えただろ。
違うか?


★★★今日読んでいる本★★★
「精霊たちの家」イサベル・アジェンデ (著)、木村 榮一 (翻訳) /河出書房新社
書評を読むと、寝る間も惜しんで一気に読んだという方が大勢いらっしゃるのですが、私は全然読み進みませぬ・・・・(でもおもしろくないわけではないです)。
このままのペースでは、読み終わるのに2ヶ月くらいかかる計算になるのですが・・・。
あっあと、この本とマルケスの「百年の孤独」がよく並べて評されているのですけれど、あまり似てないような気がするのは、やはりきちんと読んでいないせいなのでしょうか?
これを読み終わったら、マルケスも読み直そうと思っています。
でも、すごく退屈な話だったような記憶があるのは、私がまだお子様な時に読んでしまったせいでしょうか。

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