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2004.12.08

何のための勉強なのか

みなさんこんにちは。
今日もよいお天気ですね。
Yahooのニュースを見ていたら、
『日本の15歳(高校1年生)の読解力低下をあらわにした経済協力開発機構(OECD)の03年学習到達度調査(PISA)。読解力だけでなく、「1位グループ」(文部科学省)とされた数学的活用力でさえ「明らかに低下している」ととらえる教育関係者も少なくない。試験と同時実施の意識調査からは、成績はよくても勉強への関心が低い生徒像や、生徒から当てにされない学校像も浮かび上がった。』

という記事がありました。
ここ数年、似たようなことは何度も言われていて、嘆かわしいことだけれど、一方で私は、「なんて見事な因果関係!」と、ちょっとばかり感動してしまってます。
私は、勉強しながら理解できない事があっても
「理解しなくていいから、まず覚えなさい」とさんざん言われてましたヨ。
なぜそうなるのか、理解するには時間がかかるし。そんなことをしている間に、きまりごとを丸暗記した方が効率いいから・・つまりテストで点数を取れるから。で、私は記憶力は悪いけれど、頭の回転も悪いので、理解させてくれないことに不満はあっても、それに対する反論も持たずに、すっきりしないままやってました。
前に、某有名私大の経済学部に入った後、某有名国立大学の理学部に入って、法学部へ転部した弁護士と話をしていて、「試験なんて、丸暗記してればいいだけだから簡単だ」と言われたことがあります。この人は、「やばい」ってくらい仕事ができませんけど。
追いつけ追い越せで、詰め込み教育を是とした親たちが育てた子供たちが、効率的なマニュアル教育に魅力を感じて、その子供たちが大人になって、「余計な話」のおもしろさや良さを知らずに(っつか、そうゆーのを否定された大人たちが)、今子供たちに勉強を教えているんだもんなぁ。
学校の教科書だって、試験が必要なくなってから読んだら、よくまとまっていておもしろかったですよ。数学は苦手だったから捨てちゃったけど、国語と歴史のは、結婚した今も手元にあります。
最近の若者は本を読まないって言われたって、私は、夏目漱石ってのは、読書感想文用の作家だと思っていたので、つい最近まで嫌いでしたよ。
苦手で捨てちゃった数学にしても、素数の話やフェルマーの最終定理が解かれる話を読んで、ワクワクしましたよ。
まったく理解できなかった物理も、ファインマンの話に感動しましたよ。
そういう、感動することを否定された学問に、誰が関心を持つと思って勉強させているんでしょうね。通り一遍の事しか知らない教師を、誰が当てにするんでしょうね。

って、うちだって、これから学校教育を受ける予定の子供を持って、
「私がエジソンの母になるのは難しいんだけどな~」
と途方に暮れるのであります。


★★★今日読んでいる本★★★
「廃墟探訪」中田 薫/二見書房

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Comments

でもですね、脇道の面白さに気付くのも結局一部の人だけのような気がするですよ。多分、テストの点が30点の人は、教育のレベルが上がっても下がっても30点なんじゃなかろうかと。

ワタシは最近、「詰め込み教育こそ正しい」と思うようになりました。とにかく詰め込む。入らなかった分はしょうがない。でも、公立の学校の教育のレベルを下げると、お金持ち以外は高いレベルの教育を受けることができなくなります。

学問の面白さって後から気付けばいいと思うし、学問の面白さを見付けられなかった人は、別の分野に面白さを見付ければそれでいいと思う。テストの点が低いのを悪だと思うからいけないのであって、テストの点はそれはそれ。今の「ゆとり教育」は全員が100点取れるようにって、教育のレベルそのものを下げたのだけれど、それは間違いだと思うです。

Posted by: tosh | 2004.12.12 at 22:15

教育は本当に難しいと思います。

私が思うに「ゆとり教育」がぜーんぶ悪いんじゃないでしょうか。
総合的学習の時間という焦点の分かりにくい授業体系を組み込んだことで、教師の能力差が出た。

くわえて、親にも子にも、人は成長したら「ひとり立ち」して何かで身をたてていく。という事が
実感としてないんじゃないかなあ。
(豊かな社会ですから)

教師の質も落ちているというか二極分化してるんじゃないかと思います。
私事で失礼ですが、我が娘の英語能力は惨憺たるモノです。特に文法。会話の時間とかはそこそこの点を取ってきたので、卒業できたようなものです。

私は自分が英語(語学)が好きなので、以前に聞いたことがあるんですね。
「英語がキライな理由」を。
彼女が言うには中学に入って最初の頃の授業で人名Georgeを「ゲオルグ」と独逸読みしたそうなんです。そうしたら教師にこっぴどくしかられたそうなんですね。「ウソをつくな」みたいな。それでこの教師は嫌いというか信用できないみたいに思って以降の授業は殆ど聞かなかったと。
長じて聞かされたので、後の祭りですが・・・
せめて
「それはドイツ語読みで、英語ではジョージ、今は英語の時間なのだから、ジョージと読みましょう」くらい言える資質のある人に教師になってもらいたいと思いましたよ。

それとお母さんが「ゲオルグの竜退治のお話」をしてスマンかった。


Posted by: ちゃる | 2004.12.13 at 10:16

教育論を数行で語るのは難しいのですが、
私も「詰め込み教育」が悪いとは思っていません。それがBESTだとも思いませんが、覚えられる事をできるだけ覚えるってのは、ある時期には必要な事だと思います。
「ゆとり教育」が始まった時は、学力格差をつけるためか?そして将来的には経済力格差を作りたいのか?と思いました。早いトコ止めて欲しいと思います。

この文章を書いた時は、50年くらいのスパンで、こうしたくてこうしたらこうなったという因果関係が、すっごくよくわかるな~と単純に感動して、こんなにはっきりしているのに、今更「惨憺たる結果」とか言ってるのが笑えるな~と、思っただけなのです。
でこれは、教える方も教わる方も、何のための勉強なのか、あまりにもわからなくなっていて、混乱しているんじゃないかと思ったのでした。
私が義務教育を受けていた時代は、高度経済成長期で、追いつけ追い越せで目標もはっきりしていたし、「詰め込み教育」が効果を持っていたと思うんです。けど、
追いついてみて、付加価値の付いた生活をしてたら、追い越される時がきて、でも生活は満ち足りているし、これでいいよね~って感じは私にもあるし。
村の期待を一身に背負って学問せよって時代でもないし。

学問に求められるモノって
・・・・あとは・・・・・・娯楽?

Posted by: じゅんこ | 2004.12.13 at 16:52

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